G-Monthly
2009.9
クリスチャンとしての義務と責任
「そこで、まず第一に勧めます。
願いと祈りと執り成しと感謝とを
すべての人々のためにささげなさい。
王たちやすべての高官のためにもささげなさい。
わたしたちが常に信心と品位を保ち、
平穏で落ち着いた生活を送るためです。」
(Ⅰテモテ2:1~3)
聖書には、すべての指導者のために祈ることが
勧められています。
これは、自分の所属する上司や、
自分の好みの政治家や自分の国のためだけの祈り
ではありません。
全世界の「すべて」の指導者のための祈りです。
“政権交代”日本はいよいよ、さらに歴史的な分岐点
に入りました。
私たちは、良い時も悪い時も、
すべての指導者のために祈っていきましょう。
どんな時代にも、どの国にも問題はあります。
問題に対して批判して、評論する人は多いです。
しかし、問題に対して祈ることのできる人は、
ごくわずかなのです。
クリスチャンは、イエス様の御名によって執り成しの
祈りをすることが使命であり、特権でもあります。
私たちは、時代の風の向くままに生き方を
翻弄されてはなりません。
また、責任転嫁をし、全ては社会の責任、
教育の責任、政治の責任、親の責任、環境の責任、
企業の責任・・・と、尽きることのない不平不満を
つぶやく人生を送ってもなりません。
そういう人生は、最終的には全てを「神の責任」とし、
自らが神を裁くようになるでしょう。
私たちは、小さなつぶやきに注意深く、
それらをすぐに吐き捨てなければなりません。
そして、どんな時にも、問題のために祈る人、
病んでいる人のために祈る人、
痛んでいる人のために祈る人になりましょう。

「そこで、まず第一に勧めます。
願いと祈りと執り成しと感謝とを
すべての人々のためにささげなさい。」
ここでは、4つのことが勧められています。
「願い」と「祈り」
・・・これは一般的に誰でももっているものです。
「執り成し」
・・・これはイエス様の御名によって
初めて祈ることが出来ます。
自分のための祈りではありません。
他者のために祈る成熟した段階の祈りです。
「感 謝」
・・・最後に感謝することが勧められています。
これが、一番、重要で幸いな人として生きる
必須条件だと言えます。
つぶやきの心で生きるのか?
感謝の心で生きるのか?
人生は大きく分けると、
この二つの生き方とも言えるのかもしれません。
私たちは小さな者ですが、
偉大なる創造主なる神の御言葉に従い、
責任感をもって全ての指導者や人々の
祝福と繁栄を祈るクリスチャンとしての
潔い生き方を選び取っていきましょう。
副牧師 横田聖子

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